稲荷神社の祭神

稲荷神社で礼拝している稲荷大神とはどのような神なのか、と疑問を感じている方のために、少し説明を加えておきましょう。

稲荷大神は宇宙遍在の霊体

稲荷大神は大いなる御霊です。一つ二つと数えられない宇宙遍在の霊体そのものです。小さな人間では全貌は捉えられません。
稲荷神社で毎日唱えられている稲荷神拝詞には『限りなき御霊の御光』と表現されています。この存在は宇宙意識そのものであり、八百万の神達とは全く次元を異にします。稲荷信仰の中で明確にこの事を認識している人はそう多くはありません。

稲荷五社大明神

稲荷五社大明神という場合は明らかに神様が五つに数えられています。これは普遍的に照り輝く御霊の御光とは異なる角度から眺めた場合の名称です。様々な光の波動を別個に扱おうとするときにこの名称があらわれます。五つには限らないため、何が五社なのか、一つ一つあげて行くと昔から一定しないのです。

伏見稲荷大社の五社と当宮の五社

伏見稲荷大社では、宇迦之御魂大神、佐田彦大神(猿田彦大神)、大宮能売大神、田中大神、四之大神を稲荷五社大神としています。
ところが当宮が宗教法人設立に際し、当局に届け出たところでは、稲蒼魂命、大己貴命、大田命、大宮姫命、保食命の五社を、五社大明神と呼んでおります。
稲蒼魂命は日本書紀の神、宇迦之御魂大神は古事記の呼び名、保食命は佐田彦大神、大宮姫命は大宮能売大神、大己貴命が田中大神、大田命が四之大神と考えられなくもない。他に稲荷五社に組み入れられる神としては須佐之男命もあります。
伏見稲荷大社の五社も明治以前と以後では名称が異なり、現在の稲荷五社大明神は明治以後に確定したものです。神様には様々な呼び名があります。同じ神様を別の名前で呼ぶことも多いのです。早い話、古事記と日本書紀でも神名が異なります。稲荷五社の場合、名称が様々に違っていますが、稲荷信仰の場合、名称の違いにあまりこだわりがないのです。五社は、ここでは多くの専門家の意見で確定している伏見稲荷大社に合わせておくのが適当でしょう。

中心は三柱の大神

稲荷信仰の中心はあくまで稲荷大神です。神仏習合の考え方で、稲荷大神は真言密教の大日如来に比べられています。宇宙全体を覆うものが稲荷大神なのです。このことは秦伊呂具が創建した時から稲荷大神という考え方は変りません。

はっきりしているのは、平安時代には五社ではなくて、三社だったことです。伏見稲荷は三つ峰とも上御前、中御前、下御前とも呼ばれていました。
その中心となる神が宇迦之御魂大神です。この神は女神です。次にその父親となる神が佐田彦大神、その母親が大宮能売大神です。
父と母と子という構造になっておりますが、この三角構造に稲荷信仰の原型があると考えられます。国津神の中心である猿田彦と天津神のエネルギッシュな大宮能売大神、又の名を天鈿女命(アメノウズメノミコト)が中核にあります。そこに田中神、四之神が加わったのです。しかも加わった時代はかなり古いのです。後白河法皇が撰述した古代の歌謡集「梁塵秘抄」に次のような歌があります。

伊奈利おば 三つのやしろと 聞きしかど
今は五つの やしろなりけり

後白河法皇は一一九二年に崩御されているので、それ以前から五社になったことがわかります。
神仏習合の考え方で、五社の神を仏になぞらえると、中心の宇迦之御魂大神は釈迦如来、佐田彦大神が阿弥陀如来、大宮能売大神は薬師如来、田中神が不動明王、四之神が毘沙門天がそれぞれ本地仏と言われてきました。